Monday, April 13, 2009

体に変化があったなら

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4月だというのにインフルエンザにかかった。所々でしぶとくB型が流行っているらしい。
おかげで仕事を3日半も休むことに。異動に伴う「引継ぎ/引継がれ」の忙しい時期でもあるので3日半はあまりにも痛い。仕事が溜まりに溜まっている。おまけに薬とポカリ漬けの日々で弱った胃に、この時期の頻繁な歓送迎会は辛い。

事の始まりも歓迎会から帰った夜。酒のせいでフラつくのかと思いきや39.3℃。体温計を見て酔いが覚める。翌日町医者に診てもらうが、インフルエンザ検査の結果は陰性。解熱剤と抗生物質を処方される。
さらに翌日、解熱剤を3度飲んでも38度以下に熱が下がらない現実に違和感を感じ、少し大きな病院へ向かった。経過を話し、再度インフルエンザキットで検査をしてもらうがまたもや陰性。至れり尽くせり色々な薬を出してもらい帰路につくが、何か嫌な予感がしていた。薬は違えど相変わらず解熱剤と抗生物質のコンビ、やはり効かない。ちなみにもちろん安静にしてひたすら寝ていた。
一向に治らない中、同僚が何人かインフルエンザの診断をされたという事実を受け、自分もインフルエンザであることを確信しながら翌日再び医者に検査をせまる。3日連続で医者にかかるとは嫌な患者だ。
しかし予想は的中した。かなり密に採った体温データと薬の服用記録、さらに同僚がインフルエンザだという事実をひっさげてせまる僕に嫌な顔をしていた医者は、検査後急に申し訳なさそうに、インフルエンザにも関わらず検査キットで陰性が出てしまうケースについての講釈をたれた。可能性は2つ。ウイルスの増殖が足りなかったか検査する医者の技術の問題。おそらく後者であることを咎めても仕方がないので大人しく抗生物質ではなく今度はウイルスの増殖を止める薬をもらって家路についた。今回はグラクソのリレンザ。

今回のエピソードはしかしどんな病気においても普通に起こりうることだと僕は考える。
勝手な予想でしかないが、多くの医者の診察では100%の力が発揮されていない。医者は短い診療時間で限られた情報をもとに、自分の知識・経験へアクセスし診断を下す。そして1日に数多くの患者を診る。パレートの法則のイメージそのもので、短時間で"大体"ちゃんとした診断を下す。
しかし時にもっと時間をかけて良く考えれば見落とさないであろうことも見落とすことがある。これは供給できる医療の量が限られた中でできる限り多くの人を助けようとするのだから構造上ある程度致し方ないことだが、やはりそれが自分に当たってしまうと普段以上に考えてしまうものだ。
よく言われることだが、患者側はもっと医学に関するリテラシを高めるべきだと思う。自分の体を医者に任せきりではどうしようもない。24時間自分の体をモニタリングしているのは紛れも無く自分なのであるから、少なくともデータの取得には努めるべきだろう。素人判断は危険だが、それは医者に全てを任せたほうがいいということと同一ではない。自分はデータを提供する。医者はそれに基づいて判断を下す。これが基本的で最も成功率の高い事実の検証方法ではなかろうか。

特に理系の性というわけでもないが、僕はそのような考えの下、怪我でも病気でも、体に何か異変が起こった際にはデータをとることに努めている。薬の服用記録、体温の定期的な記録はもちろん、見た目や感じ方の変化も時系列で記録していく。特に五感で感じる変化というのは記録が必要だ。人間の記憶は非常に曖昧な上、感情にも左右されやすいからだ。客観的な事実としてのデータが重要なのだ。記録をつけることは簡単だ。何も労はいらない。医者に正しい情報を提示することは名医に出会うよりももっとベーシックで効果的な方法だろう。これまで意識したことがなかったという方は実践されたし。
医学に関するリテラシを個人が高めることは重要で、もっと意識するべき。ただ、事実を記録することはもっと重要。
 

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