Wednesday, November 21, 2007

それは希望の光か、それとも奈落への一歩か?

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京大の山中伸弥教授らの研究グループが、iPS細胞を人の細胞で作ることに成功し、“cell”電子版で20日に発表した。同時にアメリカのウィスコンシン大のジェームズ・トムソン教授らの研究グループも“science”電子版でヒト由来の iPS細胞の作成を報告した。

<cell 電子版>
http://www.cell.com/

<science 電子版>
http://www.sciencemag.org/index.dtl

<cell より、論文>
“Induction of Pluripotent Stem Cellsfrom Adult Human Fibroblastsby Defined Factors”
http://images.cell.com/images/Edimages/Cell/IEPs/3661.pdf

これは生命科学の歴史的な進歩であり、医学という意味では世界中で歓迎される輝かしい実験結果だ。 しかし、僕はこの報告に恐ろしさを抱かずにはいられなかった。こんなにも早くこのときがくるとは…
山中教授らのグループがマウス皮膚細胞から胚性幹細胞に類似した万能幹細胞を誘導することに成功したという発表があったのは去年の8月だった。あのとき僕は、5年以内ぐらいにはヒト由来でもこの技術が成立するかもしれないという予感をもった。それがたった1年と少しで現実のものとなってしまったのだ。これには心底驚いたと言う以外ない。

万能細胞として以前から周知のものとなっていたのは
ES細胞:Embryonic Stem cell
であり、その名のとおり、受精卵に関係する。受精卵が胚盤胞と呼ばれる段階にまで発生したところで取り出し、フィーダー細胞という細胞と一緒に培養すると、内部細胞塊が増殖を始め、将来的に全身の組織に分化してゆく細胞集団となる。ここからES細胞ができあがる。つまりはES細胞を利用しようといっても、それは受精卵由来なので、将来の生命の素を利用するということとイコールになるのではないかという倫理的問題がすぐに浮かび上がり、再生医療への応用を期待されながらもなかなか進展が見られなかったのだ。僕個人の生命に対する考えは除いて、ここでは「受精卵由来」というのが主な neck になっていた。そこで当然考えられたのが「体細胞由来」の万能細胞だったわけだ。
体細胞というのは生殖細胞以外の細胞のことで、生命体を構成するほとんどの細胞のことで、ここから万能細胞ができてしまうほどお手軽なことはない。学校の基礎実験などで多くの人が自分の頬の裏の細胞を顕微鏡で見たことがあるだろうし、それを使うことには抵抗があまりないと思われる。そういう意味で、受精卵由来でない万能細胞の可能性を示した今回の研究はとてつもないインパクトをもたらすのだ。
山中教授らは、ES細胞のもつ「なんにでもなれる性質」はどこから来るのか、そして体細胞をそういう状態にするにはどうすればよいのかを考えた。ここでの key は「初期化」で、分化してしまった細胞を白紙に戻す方法はないのかと考えたのだ。卵子やES細胞に初期化因子が存在しているというのは既知であり、ここからさらにES細胞が持つ初期化因子の多くは、ES細胞の万能性を維持する因子や、ES細胞で特異的に働く因子であると考え、初期化因子の候補として24因子を選出した。これらの因子の中から4つの因子を組み合わせてマウスの成体や胎児に由来する線維芽細胞に導入することにより、ES細胞と同様に高い増殖能と様々な細胞へと分化できる万能性(分化多能性)をもつ万能幹細胞を樹立することに成功したのだ。これが去年の話でその万能細胞は
iPS細胞:induced Pluripotent Stem cell
と命名された。これは事実上、細胞の初期化因子の同定に成功したということだ。
そして今回の論文はそれがヒトでも成立したという報告だ。


確かに「医療」という positive な軸だけで判断すれば今回の報告は希望の光となる。最先端の治療を待ち望み、日々病気と闘う人は世界中にあふれている。そういう人たちの苦しみを取り除くための一助になれるというのはまさに研究者冥利につきるし、同じ人間という種として、仲間を助けようとする当然の流れだろう。今日まで発展してきた医学も薬学もそうだ。しかし、明確なラインはないにせよ、何か足を踏み入れてはならないような領域に近づいているというのは、これもまた多くの人が少しは感じることだろう。今がまだグレーゾーンなのかもうすでに黒の領域なのかは分からないが、白でないことだけは明確だろう。この技術を土台とすれば、自分用の新しい臓器をつくることもそれほど難しいことではなくなるかもしれない。アンパンマンの顔ではないが、「とりかえ可能」になるということだ。僕はこのような状態を、人類の「生」への欲求による自然な流れだとは完全には割り切ることはできない。たとえミクロな視点では人の「生」のためであり、多くの人が幸せになるとしても、人類全体というマクロな視点ではどうも受け入れがたいのだ。

僕には科学技術の進歩、特に医学、薬学の進歩というものに関しての自論がある。ここで述べるようなものではないが、バイオの研究者を志したが結局やめたことにも少なからず繋がっている。この先、医学・薬学がどのような進路をとり、社会がどのように変わっていくのか、個人的な期待と人類全体的な不安を持ちながら当事者とはならずに静観したいものだ。
 
 

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